大井堰街道を歩く
南海電車で羽倉崎駅へ。
そこから海側にある孝子越街道に出て南西へ十数分歩くと
大井堰街道の分かれ道。
そこから日根神社までの道が大井堰街道
下のGPS画像には大井堰街道と、その後に歩いた水間寺への道も記録されています。
(参考書名:『泉南の街道』および水間寺への道 著者 田中米雄)
2011年2月5日撮影
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まず2月5日に歩いた道のGPSロガー画像です。地図クリックで拡大
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10時42分 大井堰街道の分かれ道:ここから南東へ歩く
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10時54分 畑の中を通る道を進み船岡山の手前で左へ
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泉南には土塀が多い。曲線を描いているので撮ってみた。
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11時16分 まだ柿がいっぱいなっていた。採らずにいると長持ちするのか?
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11時18分 電信柱の手前、赤矢印の位置にあった紅い丸型ポストが無くなっていた。
火の見やぐらの位置を目安に場所を覚えていたのに残念…
熊野街道まであと少し
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11時31分 少し横道にそれて以前から気になっていた熊野街道上にある水間寺を示す道標からの道を歩く。
この道は、蟻通神社の北側で大井堰街道に合流して、西犬鳴街道まで重なっていて、そこから西犬鳴街道に重なって続いています。
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水間寺への道を進むと、いきなり立派な和風建築に出合った。
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11時38分 大井堰街道へ向う途中で未知の道標があった。
写真道標の文字:
北面:右 大木不動 すぐありとふし道 左 安松
(※ この場所からだと 右 安松 が正しい)
南面:すぐ 信達道
嘉永5年(1852)
※ 道路工事等で道標の位置が変わることはよくあるようです。
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門があっても段差の無い造りになっているのは農作業に便利だからでしょうか。
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11時42分 水間寺への道は、写真右の長滝町会館の向こう側に突き当たるので大井堰街道と合流点はやや複雑です。
この場所はこの日、2度目になります。
ここから左へ熊野街道上の水間寺道標まで行って帰るまでの所用時間は約20分。
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11時49分 瓦屋根の郵便局 蟻通神社の北側の道を進む
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いろんな和風建築がつぎつぎ現れる
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11時52分 大きな変わった形の灯籠 交野市の数カ所で良く似たものを見た記憶がある。
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12時4分 長滝駅の北東でJR阪和線の踏切を渡り、すぐ車庫の下をくぐる。
地図を見ただけでは、迂回する必要があるかもしれないと思っていたのでラッキーな気分。
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今年になって「泉南の街道」を歩き始めてキャベツ畑をあちこちで見た。
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12時11分 ここが西犬鳴街道との交差点。
ここからまだ途中までしか歩いていない西犬鳴街道へと左方向に進む。
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13時01分 西犬鳴街道の北端(粉河街道沿い)に位置する降井家住宅。この建物もいつか見学したい。
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14時02分 約2時間かけて西犬鳴街道を往復し大井堰街道まで戻る。酒蔵あり 庄の郷
ここから北への西犬鳴街道は、ほぼ4車線道路になっているので街道ムードは乏しいです。
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酒蔵から少し進んだ所にある大きな庭木のある和風建築 進行方向から振り返って撮影
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土塀の中に石組が見えていますが、もともとは白い表塗りがあったのかもしれない。
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参考書「泉南の街道」によりますとーー
日根神社は昔、大井堰大明神とも言ったらしく
5月の例祭には、この道を枕だいこが通るので、土地の人達はお神輿道というそうです。
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お祭りの日にはこの灯籠に火が灯るのか? 灯ってほしい。
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大きな煙突のある立派な建物
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14時26分 日根神社(大井堰公園)に到着。大井堰街道はここまで。
ここから、さらに水間寺までの道へと続く ⇒ クリック
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